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東京地方裁判所 昭和30年(ワ)7595号 判決

破産者田村省平 破産管財人

原告(反訴被告) 宗宮信次

被告(反訴原告) 河辺くみ 外三名

主文

1、被告三森由治は原告(反訴被告)に対し、別紙〈省略〉第三目録記載物件につき横浜法務局三崎出張所昭和二九年二月一九日受付第一八〇号、同年同月同日売買により所有権を取得した旨の登記の抹消登記手続をせよ。

2、被告竹下藤作は原告(反訴被告)に対し、別紙第三目録記載物件につき横浜法務局三崎出張所昭和二九年二月一九日受付第一八一号、同年同月一七日抵当権設定、債権額金二、一〇〇、〇〇〇円、利息月一分、利息支払期毎月末日、弁済期昭和二九年六月三〇日の抵当権登記の抹消登記手続をせよ。

3、被告竹下藤作は原告(反訴被告)に対し、別紙第三目録記載物件につき横浜法務局三崎出張所昭和二九年二月一九日受付第一八二号、同年同月一七日代物弁済契約により前項記載抵当債務を期限に弁済せざるときは所有権を移転すべき請求権保全の仮登記の抹消登記手続をせよ。

4、被告河辺政吉は原告(反訴被告)に対し、別紙第四目録記載物件につき横浜法務局吉浜出張所昭和二八年一二月二八日受付第一八五六号、同日横浜地方裁判所小田原支部のなしたる仮登記仮処分決定により昭和二八年一〇月八日代物弁済による所有権移転請求権保全の仮登記の抹消登記手続をせよ。

5、原告(反訴被告)その余の請求を棄却する。

6、被告(反訴原告)河辺くみの反訴請求を棄却する。

7、訴訟費用は本訴、反訴を通じて二分し、その一を原告(反訴被告)の負担とし、その一を本訴被告等の負担とする。

事実

(本訴に関する当事者の主張)

第一、本訴請求の趣旨。

1、被告(反訴原告)河辺くみが別紙目録記載物件につき、東京法務局板橋出張所に於てした昭和二八年一二月一一日受付第二九、〇六五号、同年五月三一日売買により所有権を取得した旨の登記(甲区七番)はこれを取消す。同被告は右登記の抹消登記手続をせよ。

2、被告竹下藤作が別紙第一目録記載物件につき、東京法務局板橋出張所に於てした昭和二九年二月五日受付第二、四九七号、昭和二八年七月一日契約により同被告のため乙区三番に登記した抵当権の債務を期限に弁済せざるときは代物弁済として所有権を移転すべき請求権保全の仮登記(甲区八番)はこれを取り消す。同被告は右登記の抹消登記手続をせよ。

3、被告竹下藤作が別紙第一目録記載物件につき、東京法務局板橋出張所に於てした昭和二九年二月五日受付第二、四九六号、昭和二八年七月一日貸借契約により同被告のため債権額金二、〇〇〇、〇〇〇円、弁済期昭和二九年二月二八日、利息年七分、同支払期毎月末日の抵当権設定登記(乙区三番)はこれを取り消す。同被告は右登記の抹消登記手続をせよ。

4、被告竹下藤作が別紙第一目録記載物件につき、東京法務局板橋出張所に於てした昭和二九年二月五日受付第二、四九八号、昭和二八年七月一日契約により同被告のため乙区三番に登記した抵当権の債務を履行せざるときは賃借権発生する定で存続期間発生の日より向う三年、賃料一月金一、〇〇〇円、賃料支払時期全期間支払済、賃借物の転貸及び賃借権の譲渡をなし得る特約付の賃借権設定請求権保全の仮登記(乙区四番)はこれを取り消す。同被告は右登記の抹消登記手続をせよ。

5、被告(反訴原告)河辺くみが別紙第二目録記載物件につき、東京法務局新宿出張所に於てした昭和二八年一二月一二日受付第二二、〇九九号、同年同月九日売買により所有権を取得した旨の登記(甲区六番)はこれを取り消す。同被告は右登記の抹消登記手続をせよ。

6、被告竹下藤作が別紙第二目録記載物件につき、東京法務局新宿出張所に於てした昭和二九年二月一一日受付第二、七七四号、昭和二八年七月一日契約により同被告のため乙区七番に登記した抵当権の債務を期限に弁済せざるときは代物弁済として所有権を移転すべき請求権保全の仮登記(甲区七番)はこれを取消す。同被告は右登記の抹消登記手続をせよ。

7、被告竹下藤作が別紙第二目録記載物件につき、東京法務局新宿出張所に於てした昭和二九年二月一一日受付第二、七七三号、昭和二八年七月一日金円貸借契約により同被告のため債権額金四、〇〇〇、〇〇〇円、弁済期昭和二九年二月二八日、利息及び同支払期、年七分、毎月末日の抵当権設定登記(乙区七番)はこれを取り消す。同被告は右登記の抹消登記手続をせよ。

8、被告竹下藤作が別紙第二目録記載物件につき、東京法務局新宿出張所に於てした昭和二九年二月一一日受付第二、七七五号、昭和二八年七月一日契約により同被告のため乙区七番に登記した抵当権の債務をその弁済期に弁済せざるときは賃借権発生する定で存続期間発生の日より向う三年、賃料一月金一、〇〇〇円、賃料支払時期全期間支払済、賃借物の転貸及び賃借権の譲渡をなし得る特約付の賃借権設定請求権保全の仮登記(乙区八番)はこれを取り消す。同被告は右登記手続をせよ。

9、被告三森由治が別紙第三目録記載物件につき、横浜法務局三崎出張所に於てした昭和二九年二月一九日受付第一八〇号、同年同月同日売買により所有権を取得した旨の登記(甲区六番)はこれを取り消す。同被告は右登記の抹消登記手続をせよ。

10、被告竹内藤作が別紙第三目録記載物件につき、横浜法務局三崎出張所に於てした昭和二九年二月一九日受付第一八一号、同年同月一七日抵当権設定、債権額金二、一〇〇、〇〇〇円、利息月一分、利息支払期毎月末日、弁済期昭和二九年六月三〇日の抵当権登記(乙区五番)はこれを取り消す。同被告は右登記の抹消登記手続をせよ。

11、被告竹下藤作が別紙第三目録記載物件につき、横浜法務局三崎出張所に於てした昭和二九年二月一九日受付第一八二号、同年同月一七日代物弁済契約により前項記載抵当債務を期限に弁済せざるときは所有権を移転すべき請求権保全の仮登記(甲区七番)はこれを取り消す。同被告は右登記の抹消登記手続をせよ。

12、別紙第四目録記載物件につき、横浜法務局吉浜出張所に於て被告河辺政吉のためなされた昭和二八年一二月二八日受付第一、八五六号、同日横浜地方裁判所小田原支部のした仮登記仮処分決定により昭和二八年一〇月八日代物弁済による所有権移転請求権保全の仮登記(甲区二番)はこれを取消す。同被告は右登記の抹消登記手続をせよ。

13、訴訟費用は本訴被告等の負担とする。

との判決を求める。

第二、本訴請求の原因。

別紙中の「第一請求の原因」記載のとおり。

第三、被告(反訴原告)河辺くみ、被告河辺政吉、同竹下藤作の答弁並びに主張。

別紙中の当該記載のとおり。

第四、被告等の右主張に対する原告の陳述。

別紙中の「第二被告の主張に対する陳述」に記載のとおり。

第五、前項に対する被告等の反ぱく。

別紙中の「被告くみ、同政吉、同竹下等の反ぱく」に記載のとおり。

(反訴に関する当事者の主張)

第一、反訴請求の趣旨。

1、原告は被告くみに対して別紙第一目録記載物件につき東京法務局板橋出張所昭和二八年一二月一一日受付第二九、〇六五号、同年五月三一日売買による所有権移転登記、別紙第二目録記載物件につき東京法務局新宿出張所昭和二八年一二月一二日受付第二二、〇九九号、同年同月九日売買による所有権移転登記の各抹消登記手続をせよ。

2、原告は被告くみに対して別紙第一目録記載物件につき東京法務局板橋出張所昭和二八年一二月一一日受付第二九、〇六四号、同年同月九日放棄による甲区第五番の所有権仮登記の抹消登記及び別紙第二目録記載物件につき東京を法務局新宿出張所昭和二八年一二月一二日受付第二二、〇九七号、同年同月九日権利放棄による甲区第三番の所有権移転仮登記の抹消登記の各抹消登記をせよ。

3、原告は被告くみに対して別紙第一目録記載物件につき東京法務局板橋出張所昭和二八年七月二日受付第一四、四〇七号、同年五月三一日売買予約により被告くみのため所有権移転すべき請求権保全の仮登記及び第二目録記載物件につき東京法務局新宿出張所昭和二八年七月一五日受付第一一、〇一一号、同年六月二〇日売買予約により被告くみのための所有権移転すべき請求権保全の仮登記の各回復登記手続をせよ。

4、原告は被告くみに対して別紙第一目録記載物件につき昭和二八年五月三一日売買予約に基く昭和二八年一〇月七日売買による所有権移転登記及び別紙第二目録記載物件につき昭和二八年六月二〇日売買予約に基く昭和二八年一〇月七日売買による所有権移転登記の各登記手続をせよ。

5、訴訟費用は原告の負担とする。

との判決を求める。

第二、反訴請求の原因。

別紙中の当該記載のとおり。

第三、原告の反訴に対する答弁。

別紙中当該記載のとおり。

〈証拠省略〉

理由

(本訴請求についての判断)

第一、被告くみ、同政吉、同竹下三名に対する請求についての判断

一、以下(一)ないし(七)項の事実は当事者間に争がない。

(一) 田村省平は東京地方裁判所昭和二九年(フ)第一七号(フ)第三一号、(フ)第八四号事件審理の結果昭和二九年五月二五日午前一〇時二九、六九九万余円、債権者三、六五二名の債務支払不能の理由で破産宣告をうけ、原告が破産管財人に選任された。

(二) 被告くみは破産者より昭和二八年一二月一一日別紙第一目録記載物件を、翌一二月別紙第二目録記載物件を、本訴請求の趣旨第一項、第五項記載のようにそれぞれ買受けたことを原因として所有権移転登記手続を了した。

(三) 被告くみと被告竹下との間に昭和二九年二月五日別紙第一目録記載物件につき本訴請求の趣旨第三項、同月一一日別紙第二目録記載物件につき本訴請求の趣旨第七項記載のような抵当権設定登記がなされ、又抵当債務を期日に不履行の場合につき、本訴請求の趣旨第二項、第六項記載のような代物弁済として所有権を移転すべき請求権保全の仮登記並びに本訴請求の趣旨第四項、第八項記載のように賃借権設定請求権保全の仮登記がそれぞれなされた。

(四) 昭和二九年二月一九日別紙第三目録記載物件につき、被告竹下は本訴請求の趣旨第一〇項記載の債権額二一〇万円の抵当権登記及び同第一一項記載の代物弁済による所有権移転請求権保全の仮登記手続を了した。

(五) 被告政吉は別紙第四目録記載物件につき、昭和二八一二月二八日、同日付横浜地方裁判所小田原支部の仮登記仮処分命令に基いて、本訴請求の趣旨第一二項記載のような仮登記をした。

(六) 被告政吉と破産者間において、被告政吉を債権者とし、破産者を債務者として金五〇〇万円につき、貸付期日昭和二八年六月二二日、弁済期日同年一〇月三〇日とし、別口金五〇〇万円につき、貸付期日同年八月七日、弁済期同年一〇月七日とする各公正証書が、前者は同年一〇月一二日、後者は同年八月七日それぞれ公証人大沢光吉によつて作成された。

(七) 訴外四ツ田与作は被告くみ及び破産者を代理して別紙第一、二目録記載物件に対する被告くみの売買予約による所有権移転請求権(被告くみ(反訴原告)被告政吉、同竹下の答弁並びに主張、四において主張されているもの)を昭和二八年一二月九日放棄したとして同請求権についてなされた各仮登記の抹消登記手続をした上新たに別紙第一目録記載物件につき、昭和二八年五月三一日売買による所有権移転登記(請求の趣旨第一項の登記)手続を同年一二月一一日、別紙第二目録記載物件につき、同年一二月九日売買による所有権移転登記(請求の趣旨第五項の登記)手続を同年同月一二日それぞれ所轄法務局出張所においてなした。

二、(一)、そこで、本訴請求の趣旨第一項及び同第五項の所有権移転登記がなされるに至つた経過をしらべると、成立に争のない甲第一ないし第三号証、同第七ないし第一〇号証、同第一一、第一二号証、同第一六ないし第一八号証、同第二四ないし第三一号証、同第三七ないし第四二号証、同第五一、第五二号証、同第六一、第六二号証、同第六四号証、乙第一、第二号証、同第三号証の一ないし三、証人田村省平、同小堺作太郎の各証言によつて真正に成立したものと認める甲第五三、第五四号証、同第五五号証の一、二、証人小堺作太郎、同奥山哲、同田村省平、同松岡琢次、同四ツ田与作の各証言、被告本人河辺政吉の尋問の結果並びに前記争のない事実、及び破産者が被告政吉に対し昭和二八年一一月中に三回に合計一〇〇万円を弁済したことは当事者間に争のない事実を綜合すれば、被告政吉は前記被告政吉、同くみ、同竹下等が主張するようないきさつで訴外四ツ田与作の仲介の下に破産者に対し、昭和二八年五月中三回に亘つて六〇〇万円を、同年六月初旬頃に四〇〇万円を利息月五分、弁済期の定めなく貸し付けたこと、被告政吉はその貸付の回収には特に確実な手段を講ずることを、司法書士で幾分金銭貸借上の法律問題に詳しい右四ツ田に依頼し、同人の計らいで、破産者との間に(一)同年五月三一日頃まず別紙第一目録記載の物件について、次いで同年六月二〇日頃別紙第二目録記載の物件について、いずれもそのときまでに成立していた前記債権の担保として、何時でも買主から完結の意思を表示し得る売買一方の予約をし、その売買価格は完結の意思を表示したときの時価とし、代金支払は右債権残額のうちから対等額で差し引くこと、買主は被告くみとすること、とするいわゆる第三者のためにする契約を含めた特約をし、その後被告くみの右契約による受益の意思表示があつた上で、別紙第一目録記載物件については同年七月二日、同第二目録記載物件については同年七月十五日に同人名義に同売買予約に基く所有権移転請求権保全の各仮登記を経由したこと、(二)その後右債権を五〇〇万円宛の二口に分けて同年八月七日及び同年一〇月一二日に原告及び右被告等間に争のない二個の公正証書の作成を得て強制執行の手段を確保し、併せて同年八月七日作成の公正証書においては本訴第四目録記載物件についても条件付で抵当権の設定、代物弁済の契約をすべきことを約し、(三)別に右各貸付金の取立手段として、破産者から合計して総貸付金額に相当する一〇〇万円ないし四〇〇万円の金額の満期を二ケ月位後とする約束手形数通の振出を受けて、その満期毎に利息の支払を受けてこれを書き替えさせたこと(乙第三号証の一ないし三はその手形に属する)、その後同年一一月中に三回に合計一〇〇万円の元金支払があつて、残元金は合計九〇〇万円となつたが、同年一〇月頃保全経済会が破たんして一般新聞紙上に発表されたことから類似営業者の支払停止が相次いで起り、破産者も質屋営業のかたわら保全経済会に類似した営業行為をしていたのでその余波を受けて営業の行詰りを来し、同年一一月半頃には大口の債務支払を停止し、遂に遅くとも同年一二月二日頃には全面的に休業して一般の支払を停止したこと、そこで破産者は従来多額の融資を得て便宜を与えられた被告政吉に対して迷惑の及ぶのをおそれ、同年一二月初頃自ら進んで同被告方を訪れて、前記仮登記のある別紙第一、二目録記載物件について速に被告くみのための所有権移転登記手続を了するように勧めたので、被告政吉はかねて以上の事情を知り、かつ自己の債権の保全について心配していたので、この申出に直に応じ、被告くみを代理して売買価格の決定を留保したままで、破産者とともに破産者の委任状、印鑑証明書等登記手続に必要な書類を携えて前出四ツ田の事務所に行き、同人に対し破産者とともに右所有権移転登記に必要な一切の手続を一任し、四ツ田は、これまた従来のいきさつから右当事者間の契約内容を知り、前記各登記後これと登記簿上順位を競う権利関係がないものと思い、かつまた、登記義務者である破産者自身が所有権移転の登記手続を依頼しているので、別に深く考えることもなく、破産者及び被告くみ双方の代理人となつて別紙第一目録記載の物件については同年一二月一一日、同第二目録記載の物件について同月一二日に、いずれも前記仮登記抹消の登記手続を経由した上で、右売買予約による売買に基く所有権移転の登記方法として改めて被告くみのため前記争のない所有権移転登記手続を了したことを認めることができ、以上の認定の経過から見て、前記売買の予約は、被告政吉と破産者とが昭和二八年一二月初頃四ツ田与作に対して被告くみのため前記右各物件について所有権移転の登記手続をとるように依頼したときに権利者から完結の意思表示が破産者に対してなされて、ここに所有権が完全に移転したものであるということができる。前出甲第七、第八、第五三、第五四号証、同第五五号証の一、二同第六一ないし第六三号証、証人田村省平、同四ツ田与作の各証言、被告河辺政吉の尋問の結果中にはそれぞれ右認定の日時、売買予約の契約内容等について異なる記載又は供述部分があるが、いずれも前出の他の証拠との対象上、記憶違いによる誤りか法律の誤解による事実の錯覚かであると思われるので、それ等は右認定の妨げとなるものではない。

また、前出甲第五三、第五四号証、同五五号証の一、二、証人田村省平の証言によれば、同人の被告政吉からの借受金は合計一、〇〇〇万円であることを疑わしめるような記載または供述があるが、前出の乙第一、第二号証、同第三号証の一ないし三、甲第六四号証の記載及び証人四ツ田与作、奥山哲、小堺作太郎の各証言及び被告本人河辺政吉の尋問の結果に照して、前記甲第五三、第五四号証、同第五五号証の一、二、証人田村省平の証言は前認定にていしよくするものとは考えられない。

次に、前記売買予約について明確な契約書がないこと、前記公正証書にもその旨の記載がないこと、昭和二八年一二月中及びその以後に被告政吉が前記債権に基いて破産者の他の財産について強制執行をなし、或は仮処分命令の申請をしていること等については前記被告等三名においてこれを認めているが、前認定のとおり、仮登記によつて権利を保全し、公正証書によつて権利実行の手段を備え、かつ、手形による簡易な取立方法をも講じているところからすれば、あえて私正証書や公正証書による売買予約の必要もないと考えることもあり得るところであり、右売買予約はいわゆる清算を内容とした譲渡担保の一種で債権担保の一手段であることも前認定によつて判定し得られるから、その譲渡価格が確定されていない前認定の場合に、その他にもあらゆる手段を以つて貸付金の回収を計ろうとする債権者の心理を考えれば、別段以上の事柄があつたといつてもこれを以つて前記売買予約の真正な成立を否定する資料とはなし難い。

その他にも前認定を覆すことができる程の原告に有利な証拠はない。

(二) 原告は前記各公正証書は被告政吉が破産者より白紙委任状を入手し、自ら破産者の代理人を選任して作成されたものであるから、民法第一〇八条の法意により無効であると主張するが、前記のとおり既に同公正証書とは別に、破産者、被告政吉及び同くみの間に金銭貸借、売買予約等が成立しているものであり、右各公正証書はただ債権実行の手段として作成されたものである以上、その作成事情は右諸契約の成立事情を証する資料として重要ではあるが、公正証書の有効無効の論議は本件の場合問題とするに当らないから、ここに判断の限りではない。

(三) 原告はかりに被告政吉の破産者に対する債権があるとしても、乙第三号証の一ないし三(約束手形)によればその弁済期は昭和二八年一一月三〇日に延期されているから、同年一〇月七日に売買成立はあり得ないと主張する。そして別紙第一、二目録記載の各物件についてなされた被告くみのための前記所有権移転登記に表示されている同所有権移転の原因が真実にすべて合致するものでないことは前に認定したとおりであるが、そのことは後に説明するように重要なことではなく、若し右債権の手形上の満期日に関係なく前記売買予約の完結の意思表示がなされたことを以つて、その効力を争うことに原告の右主張の意味があるとしても、乙第三号証の一ないし三は、前記一、〇〇〇万円の債権取立の一手段として振り出されたものに過ぎないので、その各満期日が必ずしも同債権の弁済期であることは一概にいえないこと、前記売買予約は右債権の弁済期とは関係なく買受権利者一方の完結の意思表示で売買が完成するものであつて、その売買そのものが同時に右債権の譲渡担保の性質を持つものであることも前認定によつて知り得られるので、原告の右主張も当を得たものではない。

三、被告等は本件仮登記の放棄は無効であつて、結局被告くみは仮登記の日時である昭和二八年七月二日に遡つて所有権移転の対抗力を有することとなるので、原告は別紙第一、二目録記載物件に対して否認権を行使することはできないと主張するから、この点につき考察する。

(一) 先ず被告等は仮登記の抹消は四ツ田の権限超越に基く無効なものである旨主張するので考えるのに、被告政吉は本人尋問において、四ツ田に対して仮登記を本登記に直すように依頼したような供述をするけれども、同本人尋問の他の部分に照して見ると同人はそのことの法律的意味を深く意識していたとは思われず、従つてそのように明瞭に権限を制限して依頼したとは信じがたく、かえつて成立に争のない甲第二六ないし第四一号証、証人四ツ田与作、同田村省平の各証言によれば、前認定のとおり昭和二八年一二月初頃破産者及び松岡は被告政吉方を訪れ、別紙第一、二目録記載物件につき本登記をすることを促し、右三者揃つて四ツ田の事務所に行き、本登記手続を委任したが、その際特に仮登記に基く本登記をなすべきことに念をおすことなく、漫然破産者の白紙委任状等をも添えて、その他の必要書類を四ツ田に交付し、破産者とともに所有権移転登記の手続を一任したので、四ツ田は前記争ない事実記載のような登記手続をしたことが認められるので、四ツ田の右行為をもつて権限超越とはなし難く、四ツ田の権限超越を前提とする被告等の右主張は採用できない。

(二) 次に被告等は仮登記の抹消は四ツ田の錯誤に基くから無効であると主張するので考えるに、証人四ツ田与作の証言によれば四ツ田は、一任された権限に基き仮登記を抹消し、改めて本登記をしようと考え、その通り前記争のない事実記載のような手続をしたのであつて、同人の意思と表示には何らの錯誤はなく、ただ四ツ田証人の証言によれば、同人は右登記手続をする際、たまたま本登記に当る登記の登記義務者からの依頼もあり、同人の委任状その他の必要書類も整つていたので仮登記に基き本登記をするのと、右仮登記を抹消し、改めて本登記をするのとは登記簿の記載からも順位に変動がなく、法律上の効力に差異はないと誤解していたことは認められるが、右誤解はいわゆる動機ないし縁由の錯誤にすぎず、仮登記のあるときは、それに基き本登記をするのが通常であつて、わざわざ仮登記を抹消してその本登記に当る同種内容の登記を改めてするようなことは異例のことではあるが、そのことから直ちに右動機が意思表示として表示されており要素の錯誤に当ると断ずることはできないから、被告等の右主張も採用できない。

(三) したがつて別紙第一、二目録記載物件に対して右仮登記の抹消が無効であることを理由としては否認権の行使を免れることができないといわざるを得ない。

四、つづいて原告の被告等に対する否認権の理由があるか否かを検討する。

(一) 前に認定しかつ、判断した事実及び法律関係からすれば、別紙第一、二目録記載の各物件について被告くみが前記売買予約完結の意思表示をした際及び同各物件について被告くみのために前記所有権移転登記手続がなされた当時、それ等の行為がその結果として破産者の債権者を害するに至るべきことを破産者が知つていたこと、被告政吉も同くみもこれを知つていたことは明白である。

(二) しかし、本件の具体的場合において前認定の売買予約による売買完結の意思表示の結果に基く売買(実際は、前記債権の譲渡担保の性質を有することは前に説明した。)が、否認権の対象となるかというのに、前記完結の意思表示は破産者の興り得ないことであつて、買受予約主一方のみでなし得る売買予約上の当然の権利であるから、右完結の意思表示による売買成立時を以つて破産者及び被告政吉及び同くみのいわゆる詐害の意思或は認識を判断することは許されない。その判断は売買予約の時を以てなされるべきであるが、原告はその際における破産者の右意思、或は認識については何等の主張立証をしないので、右売買の成立については、否認の理由がないというの外ない。本件の場合、破産者自らが右完結の意思表示及びこれに基く登記を促した形跡のあることは前認定のとおりであるが、もとよりこれは破産者の新な意思表示ではなく、その時に改めて別個の売買契約が成立したものでもないから、これを顧慮する必要はない。

次に、右各売買が昭和二八年一二月初頃完結したことは前認定のとおりであり、これについて原告が否認権を行使し得ない以上、その後一五日以内である同月一一日或は同月一二日になされた前期所有権移転の各登記も否認の対象となり得ないことは破産法第七四条において明である。(なお、原告は被告くみに対しては別紙第一目録記載物件について同法第七四条、同第二目録記載の物件について同法第七二条第一号及び第二号に則つて否認権を行使するが、その両者の場合を右第一、二目録記載の各物件について共に判断した。また、前記被告等三名が売買予約による売買完結の意思表示をしたと主張する日は前記認定とは異なるが、本件否認権の行使を争う範囲において右認定及び判断は同被告等の主張を逸脱するものでもないと考える。)

(三) もつとも、前記各仮登記は任意に抹消され、前記所有権移転の各登記には右売買予約による売買とは異なる登記原因が表示されていることは前記のとおりであつて、このような関係からは、右所有権移転の各登記は前記売買予約による売買に基くものとして第三者である原告に対抗し得ないのではないか、との疑がないではない。しかし右各仮登記と各移転登記とを対比して見れば、仮登記が無効のものでない限り移転登記に表示されているような売買があり得ないことは何人にも明で、これは何等かの登記手続上の誤りか或は便宜上の表示かであることが容易に推察し得られるばかりでなく、前出甲第一ないし第三号証によれば右仮登記の抹消登記は無効又は契約の解除等によつて初めから売買予約の効力がなかつたものとしてその登記が抹消されたものでないことも明であるから、その予約自体が原告に対抗し得られないものではなく、所有権移転登記も、例えば贈与を売買とし、或は売買の日を実際の売買契約成立の日と異つて表示したとしても、現在の権利の状態を表示するのに異なるものでない以上、これを無効とすることもないのであるから、前記本件の所有権移転各登記を以つて、前記売買予約による売買の登記として欠けるところがあるものともいうこともできない。

(四) 別紙第一、二目録記載物件につき、被告くみに対する否認権行使の理由がない以上、右物件につき転得者として本訴請求の趣旨第二ないし第四項、同第六ないし第八項記載の登記をした被告竹下に対する否認権行使の理由がないこともまた明かである。

(五) 次に別紙第三目録記載物件につき、被告三森に対する否認権行使の理由があることは後記判断の通りであり、証人小堺作太郎、同奥山哲の各証言によれば、破産者が昭和二八年一二月二日頃支払停止、休業を発表し、翌二九年一月一〇日には債権者大会が開かれ、当時の新聞にも破産者倒産の事実が大きく報道されたことが認められるから、他に特段の事情の認められない本件においては、昭和二九年二月にはいつて被告三森と右物件につき取引した被告竹下は被告三森につき否認の原因があることを知つていたといわざるを得ない。したがつて別紙第三目録記載物件につき被告竹下に対する破産法第八三条第一号に基く原告の否認権行使は理由がある。

(六) 次に別紙第四目録記載物件に対する否認権行使につき考えるのに、成立に争のない甲第九ないし第一三号証、第五一、五二号証、証人小堺作太郎、同奥山哲、同田村省平の各証言によれば、被告政吉は本件貸付当初は破産者を大いに信用したのであるが、別紙第一、二目録記載物件について被告くみのための所有権移転登記がなされた頃は既に破産者の営業状態に不審をいだき他の債権者を排してつぎつぎに債権確保の手段を講じはじめたことが認められ、右事実と別紙第四目録記載物件についての本件登記は支払停止後相当日数がたつてからなされたこと及び同物件についての権利取得が右登記前一五日内になされたことの主張立証のないことをあわせ考えれば、本件登記当時被告政吉には破産法第七四条に定める否認事由があるものと推認するのが相当である。よつて原告の同法条に基く否認権の行使は理由がある。

五、以上の次第であるから、原告の被告等に対する否認権は、別紙第一、二目録記載物件については理由がないから棄却をまぬがれず、別紙第三、四目録記載物件については理由があるから認容すべきである。ただし、原告が本訴請求の趣旨において、登記の取消を求めている点について考察するのに、破産法第七六条において、否認権は訴又は抗弁により行う旨規定され、訴による否認の結果と抗弁による否認の結果と異なるべき理由なく、抗弁として否認権が行使された場合は相手方の請求を排斥し、或は自己の請求を維持すべき理由として陳述されるにすぎず、この場合請求の趣旨として表示されることはなく、その理由の存否も単に判決理由中において判断されるに止まり、既判力を有しないことを考えれば、むしろ否認権の訴は否認権行使の結果生ずべき法律関係に基く給付又は確認を求めれば足り、否認されるべき行為の取消を求めるべき必要はないと解するのが相当であるから、登記の取消を求める部分は棄却すべきである。

第二、被告三森に対する請求についての判断

一、以下(一)ないし(四)項の事実は当事者間に争がない。

(一) 田村省平は東京地方裁判所昭和二九年(フ)第一七号、(フ)第三一号、(フ)第八四号事件審理の結果、昭和二九年五月二五日午前一〇時二九、六九九万余円、債権者三、六五二名の債務支払不能の理由で破産宣告をうけ、原告がその破産管財人に選任された。

(二) 破産者は終戦後東京都豊島区長崎四丁目一七番地において質店を開業し、本郷及び新宿等にその支店をもち、特殊金融機関組織の簇出にならつて大衆より高利の手形借入をなし、これを各種事業に投資したが、何れも失敗に終り高利に高利を生んで債権額は増大した。

(三) 昭和二八年一〇月保全経済会の破綻を契機としてこれ等同種金融業者が取りつけにあつて相ついで倒産し、本件破産者も亦その例にもれず、同年一一月一八日支払を停止し、昭和二九年一月一〇日債権者大会が開かれ、同月二三日には自己破産の申立をなすのやむを得ざるに至り、前記のように破産宣告をうけた。

(四) 破産者は昭和二九年二月一九日別紙第三目録記載物件を本訴請求の趣旨第九項記載のように売買によつて被告三森に所有権移転登記手続をしたが、その際被告三森は破産者が支払停止の状態にあつたことを知つていた。

二、ところで、右争のない事実によれば、本件移転登記当時、破産者が破産債権者を害する意思を有したことは容易に認定し得られるところであり、かつ、その際被告三森は破産者が支払停止の状態にあつた事実を知つていたことを自認しており、同被告は本件行為当時破産債権者を害すべき事実を知らなかつたとの主張立証をしないから、原告の破産法第七二条第一、二号に基く否認権の行使は何れも理由があるから認容すべきである。ただし、登記の取消を求める部分は棄却をまぬがれないことは先に説明したとおりである。

(反訴請求についての判断)

一、昭和二八年七月二日別紙第一目録記載物件につき、同年五月三一日売買予約による所有権移転請求権保全の仮登記が被告くみのためなされたこと、同年七月一五日別紙第二目録記載物件につき、同年六月二〇日売買予約による所有権移転請求権保全の仮登記が同被告のためなされたこと、同被告が別紙第一、二目録記載物件の売買登記に必要な書類を持参して四ツ田に売買本登記手続を委任したこと、右四ツ田は右物件につき売買予約による所有権移転請求権を放棄したとして右仮登記の抹消登記をしたこと、被告くみがその主張どおり右物件につき売買による所有権移転登記をしたことは当事者間に争がない。

二、ところで、四ツ田のなした右仮登記の抹消登記手続の代理行為が無効とはいえないことは本訴請求についての判断において示したとおりであるから、右仮登記の抹消が無効なことを前提とする被告くみの反訴請求はその余の点についての双方の主張に対する判断を下すまでもなく失当であるから、これを棄却すべきである。

(むすび)

以上に判断したような次第であるから、訴訟費用の負担につき、民事訴訟法第八九条、第九二条、第九三条を適用して主文の通り判決する。

(裁判官 畔上英治 園田治 高橋正憲)

原告の準備書面

原告 宗宮信次

被告 河辺くみ

外三名

右当事者間の昭和二九年(ワ)第七八四二号否認権行使事件につき原告は左の通りその主張を要約する。

第一請求の原因

一、田村省平は東京地方裁判所昭和二九年(フ)第一七号(フ)第三一号(フ)第八四号により昭和二九年五月二五日午前十時二億九千六百九十九万余円、債権者三千六百五十二名の債務支払不能の故を以て破産宣告を受け、原告がその破産管財人に選任せられた。

二、破産者は終戦後京都豊島区長崎四丁目一七番地において質店を開業し本郷及び新宿等にその支店を持ち特殊金融機関組織の簇出に做つて大衆より高利の手形借入を為し、之を各種事業に投資したが孰れも失敗に終り高利は高利を生んで債権額は増大した。

三、昭和二八年十月保全経済会の破綻を契機としてこれ等同種金融業者が取付けに会つて相次いで倒産し、本件破産者も亦その例に漏れず同年十一月十八日支払を停止し、昭和二九年一月十日債権者大会が開かれ一月二三日には自己破産の申立を為すの止むを得ざるに至り、前記の如く同年五月二五日破産宣告を受けるに至つたものである。

四、之より先被告河辺政吉は破産者に対し昭和二八年四月一日金二百万円、同年六月一日金二百万円を利息五分、ついで同年七月末日頃金百万円を同じく利息月五分にて合計五百万円を貸与したものの如く、之に対し破産者は同年十一月二四日頃内金五十万、三十万、二十万計壱百万円を入金したので残借用金は四百万円と認められる。

五、然るに破産者が取付に遇つて支払を停止した後に於て被告河辺政吉は破産者より昭和二八年十二月十一日第一目録、翌十二日第二目録記載物件を請求の趣旨第一項第五項記載の如くそれぞれ売買を原因としてその妻たる被告河辺くみの所有名義に登記した。

六、次いで昭和二九年二月五日第一目録記載物件につき請求の趣旨第三項、同月十一日第二目録記載物件につき請求の趣旨第七項記載の如き抵当権設定登記が被告竹下藤作に対し為され、又抵当債務を期日に不覆行の場合につき請求の趣旨第二項第六項記載の如き代物弁済として所有権を移転すべき請求権保全の仮登記並に請求の趣旨第四項第八項記載の如く賃借権設定請求権保全の仮登記が此等物件につき被告竹下藤作の為にそれぞれ為された。

七、ついで破産者は昭和二九年二月十九日別紙第三目録記載物件を請求の趣旨第九項記載の如く売買に依り被告三森由治の所有名義に登記を為した。

八、そして恰かも右同日たる昭和二九年二月十九日第三目録記載物件につき被告竹下藤作は請求の趣旨第十項記載の債権額二百十万円の抵当権登記及び同第十一項の代物弁済に因る所有権移転請求権保全の仮登記を為した。

九、また被告河辺政吉は別紙第四目録記載物件につき昭和二九年十二月二八日、同日附横浜地方裁判所小田原支部の仮登記仮処分命令に基いて請求の趣旨第十二項記載の如き仮登記を為した。

十、然るに(一)、(破産者の詐害意思)破産者は前記の如く債権者三千六百五十二口に対し二億九千六百九十九円の債務を負担し、支払不能の為破産の宣告を受けるに至つたものでその破綻の直接原因は、昭和二八年十月保全経済会の破綻により、同種の金融業者が相次いで倒産の為め、その余波を受けて、利用者皆無の上に貸付金の即時返還を多数債権者より請求されるに至つたので、昭和二八年十一月十八日各営業所に於て支払を停止、遂に十二月二日休業発表の已むなきに至つたものである。が、当時の破産者の資産(本件物件を除く)総合計は四千九百五十九万円、而かもその殆んどが回収不能の債権、投資等であつて、文字通り支払不能、如何んとも成す能わざる状況に立至つた為め、破産者は自己名義の唯一主要の財産たる右不動産を、進んで被告政吉に名義書替を促がしたものである。元来債務者は、一旦借り入れ終つた旧債務に後から担保を差入れることにやぶさかなのが通常である。然るに破産者が進んで本登記を為すことを求めたのは、他の一般債権者詐害の意思、悪意ありしと推認するを相当とする。破産者が進んで債権者に所有名義を移し、債権者が之を受入れる場合は、経験上当事者の通謀と認むべき場合が多い、破綻前に、信頼せる債権者に、名義を書替えるのは、財産保全の為めである場合が尠くない。本件破産者が主要、唯一ともいうべき自己名義の本件不動産を進んで被告くみ名義にしたことは、「破産債権者を害すること知りて」為したものと推認すべきである。(二)、(河辺政吉の詐害意思)被告河辺政吉が支払停止を知つていたことは、インフレ終息後の昭和二八年に於て、月五分という高利を而かも同被告主張の如くんば多額に貸付けたのであるから債務者の状態に敏感であつたことは想像に難くない。同年十月同種の保全経済会が破綻したことは被告政吉をして特に債務者田村の状態に関心を払わしめたであろうことは言うまでもない。宣なる哉昭和二八年十二月十一日第一目録翌十二日第二目録物件の書替を終るや、疾風迅雷、同月二十一日には第三目録物件に対し横浜地裁横須賀支部の競売開始決定を受けて翌二十二日その登記を終つている。不動産強制競売の申立をするには、相当の準備を要するのであるから、前記第一、第二目録物件の本登記後、直ちに第三目録物件に対する強制競売申立に対する準備が開始され、なるべく、そのことは、第一、第二目録物件を本登記する際、債務者(破産者)が取付に遇い事態の容易ならざることを既に己に認識した結果であるとみなければならない。かくて状況の緊迫を識つた河辺は次ぎ次ぎと手をうち、同月二五日本件第一第二目録物件の仮処分、同月二八日には第四目録物件に対し仮登記仮処分命令で代物弁済の仮登記をしている。元来債務者(破産者)が既に悪意の場合には、法律行為の相手方が善意を立証しない限り、相手方は悪意の推定を受け、その行為は否認さるべきであるが、かかる推定を待つまでもなく、政吉は、尠くとも昭和二八年十二月十日以降に於ては、破産者の支払停止、行為が一般債権者を害することを熟知しありたるものである。(三)(河辺くみの詐害意思)被告くみは本件登記その他の行為を夫政吉により凡て為し、代理人たる政吉が当時支払停止を識り、一般債権者を害することを熟知していたことは前記の如くであるから、本人たるくみは、その不知を主張し得ない(民法一〇一条)。加之、夫婦間に於て、夫が或る事情を識り、妻が問題の登記の名義人たることを承諾した場合の如きは、反証のなき限り、妻もその事情を夫より聞き知つて名義人たることを承諾したものと認めなければならない。且又被告側主張の如く被告くみは、被告政吉田村間の第三者の為にする契約によつて買主たる地位に就いたものであるとすれば、契約に基因す事由(民法五三九)として、契約者政吉の知情の事実は、凡て受益者くみに対抗し得る筋合なれば、政吉が支払停止、破産債権者詐害の事実を識りたることは、くみにも亦当然之を主張し得る理である。(四)(被告竹下藤作の詐害意思)被告竹下が前者に対する否認原因あることを知り、悪意者たることは、(1) 本件で問題となれる登記その他の行為は、凡て被告政吉により代理されたものであつて、被告政吉が総ての事情を熟知せること前記の如くなる以上、本人たる被告竹下は、その不知を主張し得ない(民法一〇一条)。且つ又、(2) 被告竹下の為したる本件登記は凡て昭和二九年二月五日以降に属するところ、それより前、同年一月十日巣鴨十文字中学校で債権者大会が開かれて、約千五百名の債権者が集まり、田村が支払停止になつたことは、その前日の朝日、毎日、読売の新聞等に掲載され、一月二三日には自己破産の申立が為されおりて、竹下が始めて登記した二月五日当時は、田村の支払停止は寧ろ社会公知の事実なりしにより、破産者(豊島区長崎四ノ七)の附近に登記簿上の住所(豊島区地袋二ノ九五五馬場なつ方)を有する竹下が、この事実に特に耳を掩つて、本件物件に利害関係を持つたものと考えられない。殊に第一目録物件は、破産者の本店、第二目録物件は破産者の新宿支店であつて、当時債権者または整理委員と称する多数が、ここに押しかけおりたる時期なるを以て、此等物件に現実の利害関係を持つに至つた竹下が、此の事実に目を掩つて、支払停止、破産申立の事実を知らない筈はあり得ない。(3) 又竹下に対し第一第二目録物件につき設定された登記は、昭和二八年二月五日と十一日に同月二八日を期日とする僅か十七日、二十三日という極めて僅かの短期限を置いた抵当権本登記、並にその期限に弁済を怠るときは代物弁済として物件を取得し、同時に向う三ケ年全期間賃料支払済、転貸自由、賃貸借の成立は昭和二八年七月一日(売買前)、の賃借権を発生せしめる仮登記であつて破産債権者詐害の意図を以て為されたことは、その登記自体が之を物語るものである。(4) 又第三目録物件に関しては、昭和二八年十二月二十二日右物件に対する強制競売申立の登記、同月二三日桑原正子の仮差押登記が為され、債務者田村の状態が悪化せることが登記簿上明らかな物件に対し、その翌二九年二月十九日、本件抵当権、代物弁済仮登記が為されたのであつて、後順位で登記を為すものがその状態を識らずにする筈があり得ないし、そして亦、竹下被告はそれより前、同月五日当時に於て、既に前者に否認原因のあることを知れる悪意者なることは、前述の通りであるから、竹下被告の登記は凡て詐害の意図を以て為されたと断ずべきである。(五)(三森由治の詐害の意思)被告三森由治の買受登記は昭和二九年二月十九日で破産者の支払停止が社会に顕著となつた後のことであるから支払停止の事実を知つてこれを為したことはいうまでもない。

十一、如斯被告等の為したる登記は孰れも破産者が支払を停止したる以後詐害の意思を以て為せる行為なるにより破産法の規定によりその登記の取消並に抹消を求めるものである。その該当条項を述ぶれば(1) 請求の趣旨第一項の登記行為は破産法第七四条、(2) 請求の趣旨第五項の登記行為は同法第七二条第一号及び第二号、(3) 請求の趣旨第二、三、四、六、七、八、項記載の行為は同法七四条、(4) 請求の趣旨第九項の登記行為は同法七二条第一号第二号、(5) 請求の趣旨第十、十一項の行為は同法八三条第一号、(6) 請求の趣旨第十二項の行為は同法第七四条に該当する。

十二、因に破産財団の現状は、否認権の目的たる本訴物件を含めても破産総債権額の五分に充たない。而かも本訴物件は破産財団として残された最重要の財産である。

第二被告の主張に対する陳述

一、被告の主張事実は、登記並に公正証書作成の事実を除き総て否認する。但しその公正証書は、破産者より真正の委任無きに拘わらず四ツ田与作をその代理人として作成されたものである。

二、仮りに右の公正証書が真正に成立したものとしても、それは孰れも被告河辺政吉が破産者より白紙委任状を入手し、政吉自ら四ツ田与作を破産者の代理人に選任し、その各条項につき予め破産者の諒解を得ることなく作成されたもので民法第百八条の法意により破産者の四ツ田代理人に対する委任は無効であるから、結局代理権を有しない四ツ田を代理人として作成されたことに帰し、公正証書は孰れも無効である。従つて公正証書による契約が有効なことを前提として破産者との間に本訴第一第二目録物件に関し売買本契約が成立したという被告の主張は失当である。

三、又被告は昭和二八年八月七日附公正証書に基き同年十月七日の弁済期が到来するとともに条件成就し、売買本登記が成立すると主張するが、該公正証書によればかかる記載は全くなく、却つて同公正証書第三条には神奈川県足柄郡湯河原門川一四一番所在木造二階建旅館兼居宅一棟及び右建物に附属する一切の物件を有姿の儘、債務不履行のときは代物弁済に供し、之が所有権移転請求権保全の仮登記を為すことが特約されている。若し被告主張の如く前記の本件物件の売買契約が本公正証書に依り為されたとすれば、必ずその記載が為されある筈である。然るにこの記載が為されず、却つて他の物件について代物弁済の特約が為されてあることは、被告主張の如き売買契約が本公正証書作成の際為されなかつたことを物語るものである。又昭和二八年十月十二日附の公正証書についても同公正証書の弁済期の到来とともに条件成就により売買本契約が成立する趣旨の記載はない。従つて仮りに右各公正証書が有効であると仮定しても、此等公正証書を根拠として先きの予約に基く売買本契約が成立すると為す被告の主張は失当である。

四、次に被告は昭和二八年八月七日作成の金銭消費貸借公正証書により昭和二九年一月十四日破産者に対し元金五百万円損害金六十四万五千円也の債権ありとして動産に対する強制執行を為し総計十七万八千七百円也の動産を差押え、又昭和二八年十月十二日附公正証書についてもこれに基いて横浜地方裁判所横須賀支部昭和二八年(ヌ)第二八号を以て訴状添附第三目録記載物件に対し強制執行の申立を為し同年十二月二十一日強制競売開始決定があり、翌二十二日その旨の登記があり、強制競売の取下られたのは破産宣告の翌日たる昭和二九年五月二六日である。加之、被告政吉は同公正証書により御庁昭和二九年(ル)第一六〇号により同年三月十一日破産者の有する金二百万円の債権の差押及転付命令を得ているのである。以上の如く被告政吉は本件破産宣吉あるまで此等公正証書に基き金銭債権の強制執行を継続していたものであるが、此等事実は前記公正証書の弁済期に債務不履行とともに訴状添附第一第二目録物件の所有権を被告くみに移転すべき売買本契約が成立した旨の被告の主張と矛盾するものである。即ち若し被告主張の如く十月七日の弁済期到来とともに売買が成立するものとすれば、売買成立とともに公正証書に基く金銭債権は当然消滅する筈であるに拘わらず、被告が右の公正証書によりその後執行を為せることは右公正証書作成に際して被告主張の如き売買の特約が為されなかつたこと右公正証書の債務の履行期到来とともに売買本契約が成立しなかつたことを反面物語るものである。

五、また被告政吉が前記十月七日弁済期日の公正証書によつて、本訴第四目録記載物件を、右公正証書に基く債権の履行に代え代物弁済として取得したとして、同年十二月二八日に仮登記仮処分命令を申請したことは十月七日に第一第二目録物件につき売買が成立したことを否定するものである。右「仮処分命令申請書」に依れば、五百万円全額の弁済に代えて本訴第四目録物件を取得する契約を為し、その為め仮登記仮処分命令の申請を為すとあつて、明らかに本訴被告の主張に反する。再言すれば、第四目録物件を乙第一号証の公正証書の請求に代えて取得すれば、第一第二目録物件の売買はあり得ざる理である。ゆゑに五百万円の債権の弁済期日が十月七日に到来とともに第一、第二目録記載の物件の売買が十月七日に成立したという被告の主張は牽強附会の説明といわねばならぬ。

六、加之、乙第三号証ノ一乃至三の約手に依れば政吉の破産者に対する全債権-仮りに在りとすれば-は昭和二八年十一月三十日に延期されおるのであるから、十月七日到来とともに条件成就して、売買をくみに対し成立せしめるということはあり得ない。

七、被告河辺政吉同くみ代理人は「売買予約による所有権移転請求権の放棄の登記は委任者の意思に反する無効の登記である」と主張する。しかし乍ら、当事者の代理人として登記手続を為した司法書士四ツ田与作が右両被告を代理して登記を為し得る広汎なる権利を有したことは、本件関係の登記が殆んど同人により且つ総て白紙委任状により行われたことに依つても明瞭である。訴状第一、第二目録物件の仮登記の抹消も亦白紙委任状に依つて行はれたものであることは被告側自身も認めるところである。しかるにかかる白紙委任状の交附を受けて、広汎な権限を有する四ツ田代理人が委任者の予期に反し、売買予約に基く売買本登記を為さずして、予約上の権利を抛棄し、単純な売買登記を為したとしても窮極に於て到達すべき売買登記は為されておるのであつて、此場合、如何なる逕路を経た売買登記をするかは受任者たる司法書士の受任の範囲に属すと認むべきである。此の場合代理人の為した行為が本人の予期とたまたま一致しないからといつてその効力を否定すべきではない。仮りに百歩を譲り四ツ田司法書士の行為が権限の乱用であつたとしても民法第百十条の法意により登記を受理せる法務局は勿論、相手方たる破産者その他の善意無過失者に対し乱用による無効を主張し得ない。

八、又被告河辺くみが四ツ田司法書士に委任した登記手続の目的は売買登記であり取急ぎ自己の名義に本登記することであつて、その売買登記を為す逕路道行の如きは無関心たりしものである。四ツ田としても当時破産になつて否認権を行使されることを予期しなかつたものであつて本登記さえ出来ればこと足るとして仮登記の権利を放棄したものである。従つて依頼者たる河辺も本登記の出来たことにより当時充分満足していたものである。そのことは、被告くみが右登記後四ツ田司法書士の為した売買登記に満足し、その登記に基く、その効果を主張し、その登記簿謄本を添附して同年十二月二五日御庁昭和二八年(ヨ)第一〇、一八五号を以て第一、第二目録物件の建物につき破産者に対し仮処分命令を申請し、該命令によりいまなおその執行を継続しつつあることによつても明瞭である。と同時に、右の四ツ田司法書士の為した行為を追認したものでもある。斯様に被告河辺くみが既にその登記の効果を裁判上主張せる以上、信義の原則、禁反言の原則上からもその無効を主張し得ない。

九、また仮りに右仮登記の抹消が登記委任者の意思に反したとしても錯誤の登記であるか否かは、登記行為をなす代理人について定むべきである(民法第百一条第一項準用)。が、本件仮登記の抹消についてはその登記行為の代理人四ツ田司法書士には何等の錯誤なかりしにより、その仮登記の抹消が被告河辺政吉、同くみの意思に反したとしても法律上錯誤たり得ない。

十、仮りに仮登記の抹消行為が被告主張の如く被告くみの意思に反するものであり、錯誤であつたにしても、それはその登記を四ツ田司法書士に委嘱した同被告の代理人河辺政吉の重大なる過失に因るものである。詳言せば、白紙委任状を交付して漫然売買登記を委任したのみで、如何なる登記を為すべきかを指示せず、また登記申請中その看視を怠り、登記済後に於ても、ただ単に登記済書類を受取るのみでその調査を為さざりしもので、錯誤の登記につき重過失あるものであるから被告くみはその無効を原告に主張できない(民法九五条但書準用)。

十一、又仮りに被告主張の如く、被告くみが抹消せられた仮登記を回復し得る権利を破産者に対し有するとしても、善意の利害関係人在るに至つたときは、最早回復登記を求め得ない。蓋し若し善意の利害関係者在るに至つた後に一度抹消せられた登記の回復を濫りに許容するときは、取引の安全を害し、登記の信用を害するからである。本件に於ては、問題の仮登記が抹消せられて、後、昭和二九年五月二五日破産が宣告せられて総般的執行手続に入り、総債権者を代表する破産管財人の申請により同年六月二二日御庁に於て被告くみに対する否認権保全の為め本件係争物件の処分禁止の仮処分の決定、同月三十日右決定の登記が行われ、次で同年八月拾日否認権行使の本訴提起ありて、善意の利害関係者在るに至つたものであるから、被告くみは、善意の利害関係者たる原告の任意の同意ある場合は格別(不動産登記法六五条参照)、しからざる限り最早回復登記を為し得ない。従つて破産者に対し抹消登記回復請求権あるのゆゑを以て、原告の本訴請求を拒む理由となし得ない。

十二、仮りに被告主張の如く破産者が被告河辺くみに対し抹消せられた所有権移転請求権保全の仮登記を回復し、回復せられた仮登記に基く所有権移転登記手続を為すべき義務ありとするも、回復登記は溯及効を有するものでないから、かかる回復登記が現に行われあらざる限り、破産者(登記義務者)に非ざる第三者(総破産債権者団体を代表する機関たる原告)、否認権保全の為めの仮処分登記を既に為したる原告に、之(未回復の登記事項)を対抗し得べきものでない。従つて被告くみとしては、原告の本訴請求に応ずるの外なきものである。

十三、先きに述べた如く本件には売買本契約の事実なきのみならず、売買予約の事実そのものもない。唯、漫然と仮登記が為されたのみである。(1) 若し真に予約が為されたとすれば、その契約証書があるべき筈である。(2) 売買代金が取極めらるべきである。時価という如きことは、本訴提起後に被告側で考え出された遁辞に過ぎない。(3) 被告の引用する乙第一、二号証公正証書にも何等此等事実が記載されていない。乙第一号証の記載に依れば金銭貸借は昭和二八年八月七日成立、乙第二号証に依れば同年六月二十二日成立とある。若しその記載が真とせば、その貸借を担保する為に、その貸借成立前の同年五月三十一日、六月二十日に売買予約が成立する筈があり得ない。売買予約の仮登記は実体的法律関係と無関係に唯、漫然、債権担保の意味で機械的に為されたもので、法律的には無意味の登記である。

仍て被告の抗弁は凡て理由がない。

被告(反訴原告)河辺くみ、被告河辺政吉、同竹下藤作の答弁並びに主張。

一、請求棄却の判決を求める。

二、請求原因第一、第六ないし第九項の各事実は認める。同第二、三項の各事実(破産宣告の事実を除く)は知らない。同第四項の事実中原告主張のように五〇〇、〇〇〇円、三〇〇、〇〇〇円、二〇〇、〇〇〇円の弁済があつたことは認めるが、その余は否認する。同第五項の事実中原告主張の登記がなされたことは認める。同第一〇ないし第一二項の各事実(右に認めた登記の事実を除く)は否認する。

三、被告河辺政吉(以下単に被告という)は破産者田村省平(以下単に破産者という)に対して昭和二八年五月七日金一〇〇万円、同月一四日金一〇〇万円、同月三一日金四〇〇万円、同年七月中、金四〇〇万円を貸与し、その総額が金一、〇〇〇万円に達したが、同年一一月二〇日破産者から金五〇万円、金三〇万円、金二〇万円の三口合計金一〇〇万円の内入弁済をうけたので、残金九〇〇万円の貸金債権を有する。ところで前記貸金一、〇〇〇万円について被告政吉と破産者との間で話しあいの上、公正証書にして明確にすることとなり、二口に分割して一口金五〇〇万円につき貸付期日昭和二八年六月二二日、弁済期日同年一〇月三〇日とし、他の一口金五〇〇万円につき貸付期日同年八月七日弁済期日、同年一〇月七日として、前者は同年一〇月一二日、後者は同年八月七日何れも公証人大沢光吉に依頼して右趣旨の公正証書を作成した。

四、そして被告政吉は前記貸金債権を担保するため、(イ)破産者が前記借入金を約定の弁済期日に弁済しない場合は別紙第一目録記載物件については昭和二八年五月三一日、第二目録記載物件については同年六月二〇日被告(反訴原告)河辺くみ(以下単に被告くみという)に対して売買が成立する旨の第三者のためにする売買予約をし、その登記手続をすること、(ロ)右売買代金は約定の弁済期における物件の時価とすること、(ハ)売買代金の決済方法は被告政吉が破産者に対して有する本件貸金債権を以てその代金に充当すること、したがつてその代金額だけ被告政吉の貸金債権を減額することの特約を破産者となし、右特約(イ)に基き同年七月二日別紙第一目録記載物件につき、同月一五日別紙第二目録記載物件につきそれぞれ売買予約による所有権移転請求権保全の仮登記をした。又破産者は被告政吉に対し別紙第四目録記載物件を右貸金債務の担保として提供し、債務不履行のときは、代物弁済としてその所有権を被告河辺くみに移転することとして、その所有権移転請求権保全の仮登記をすることを約した。

五、したがつて破産者が右公正証書記載の債務を弁済期に支払わない場合は別紙第一、二目録記載物件につき前記売買契約が成立するところ、破産者は右二口の債務を完済しないから、弁済期昭和二八年一〇月七日の金五〇〇万円の債務不履行と同時に別紙第一、二目録記載物件につき前記売買予約完結の意思表示をした。

六、そこで被告くみは破産者に対して別紙第一、二目録記載物件に対する所有権移転登記手続に協力するように請求したところ、昭和二八年一二月はじめ頃破産者は被告くみに対して右所有権移転登記に応ずる意思表示をしたので、被告くみは被告政吉に必要書類を持参させ、破産者は右登記に必要な登記済権利証、登記委任状(記名捺印だけで内容の記載のないもの)及び印鑑証明書を持参し、双方共書類を司法書士四ツ田与作(以下単に四ツ田という)に交付し前記売買予約の仮登記に基く本登記手続を委任した。

七、ところが、四ツ田は被告くみ及び破産者が委任したところの別紙第一、二目録記載物件に対する売買予約の仮登記に基く売買による所有権移転登記をせず、かえつて昭和二八年一二月一二日、右物件に対する被告くみの売買予約による所有権移転請求権を昭和二八年一二月九日放棄したとして右仮登記の抹消登記手続を了し、同日新たに別紙第一目録記載物件につき昭和二八年五月三一日、売買による所有権移転登記手続を同年一二月一一日、別紙第二目録記載物件につき同年一二月九日売買による所有権移転登記手続をそれぞれ所轄法務局出張所においてした。

八、右のように破産者及び被告くみは四ツ田を代理人に選任し、同人に対して別紙第一、二目録記載物件につき、仮登記に基く所有権移転登記手続を委任し白紙委任状を交付したところ、同人は自己に付与されていない権限を乱用してこれに委任事項をほしいままに記入し、放棄による所有権移転請求権保全の仮登記の抹消登記手続をしたから、右登記の抹消は無効である。

九、仮に前項の主張が理由がないとしても、右仮登記の抹消は次に述べるように錯誤により無効である。四ツ田は右仮登記抹消登記手続をするに当り、仮登記に基く所有権移転登記と新規売買による所有権移転登記とはその効力が全然同一であつて、その間に何ら効力上の差異がないと誤解して委任の趣旨に反し、ほしいままに仮登記抹消の手続をしたのであるが、彼此の効力は順位につき著しい差異があることを説明するまでもない。もし同人が右の効力の差異を知つていたならば、右のような挙にでなかつたであろうことは窺知するに難くない。同人は法律知識が、浅薄のため前記のような登記手続をしたのである。およそ所有権移転請求権保全の仮登記のある場合は特段の事由がない限り右仮登記に基く本登記をするのが通常である。されば仮登記のある場合には、これに基く本登記をするものであることは表意者の意思としておのずから表示されているとみるのが一般取引の通念に照し至当である。本件のように売買予約による所有権移転請求権保全の仮登記を放棄する特段の事由がなかつた場合は、たとえ動機の錯誤であつても、これを合理的に判断すれば動機が表示者の内心に秘められ、表示に現れないとはいえず、当然表示行為に現れ、何人も知り得るのであるから、これをいわゆる目的の同一性に関する錯誤と同等の意義を有するものとして民法所定の意思表示の錯誤の規定を本件に類推適用すべきものである。

一〇、従つて、破産者は、被告くみに対して新規売買による所有権移転登記を抹消し、先にした売買予約による所有権移転請求権保全の仮登記を回復し、右仮登記に基く所有権移転登記手続をすべき義務がある。しかるときは被告くみは仮登記の日時である昭和二八年七月二日にさかのぼつて所有権移転の対抗力を有することになるので、別紙第一、二目録記載の物件に対しては原告は否認権を行使しえないのである。

一一、被告政吉、同くみ、同竹下藤作(以下単に被告竹下という)は行為当時善意の受益者である。

(一) 被告等は最近の日本の事情をよく知らない。

被告政吉は被告くみと共にブラジルに移民し、約二〇年間農業に従事したが、病気治療のため全財産を売り払い昭和二六年七月、二〇年ぶりで帰国し郷里石川県に居住したが、病気治療と一一人の子供の教育上の便宜のため翌二七年三月東京都に居を移したので、最近の日本の事情をよく知らないのである。又被告竹下も被告政吉と同様ブラジルに永年移民し、同時に帰国したからやはり最近の日本の事情をよく知らないのである。

(二) 被告政吉と四ツ田との関係

被告政吉は本件取引に関与した四ツ田とは従来未知の間柄であつたが、昭和二八年四月末頃被告政吉が東京都豊島区池袋所在の家屋を買つて、その登記手続のため板橋登記所に赴いた際、同所構内で司法書士をしていた四ツ田が被告政吉のなまりにより石川県人であることを知り世間話をしかけたので知りあいになつた。その際被告政吉は四ツ田に確実な人があつたら金を預けてもよいようなことをもらした。すると四ツ田は被告政吉に向つて知りあいの田村省平は相当大きく質屋を経営している確実な人だから紹介しようと言い、以来四ツ田は被告等と破産者との間の取引を仲介したのである。

(三) 被告政吉と破産者との関係

昭和二八年五月七日被告政吉は四ツ田の案内で豊島区長崎四丁目一七番地の破産者宅に赴き破産者に面会した。そこで破産者は自己の現有資産、信用及び事業状況を説明し現在一二、〇〇〇万円位の私財をもち、盛大に事業を経営しているから、金があれば預けてほしい、必要なときは三日前に話があれば返す旨述べた。それで被告政吉は破産者を信用して即座に現金一〇〇万円を破産者に貸し渡した。その後二、三日たつて四ツ田から被告政吉に対し電話で不動産を担保に入れるからもう少し、貸してくれと言つてきていると申し出たので、被告政政吉は破産者を信用していたので同月一四日破産者宅に行き不動産を担保にとるという口約の下に現金一〇〇万円を貸与した。更に同月下旬四ツ田から被吉政吉に対しもう少し金を貸してくれと田村から言つてきたと申し出たので、被告政吉は同月三一日四ツ田と共に破産者宅に赴き結局別紙第一、二目録記載物件を担保として金四〇〇万円を貸与した。つづいて同年七月中四ツ田から電話で湯河原の温泉旅館を担保にいれるからと貸与方を申し込まれ、被告政吉及び四ツ田両名破産者宅に行き折衝の結果被告政吉は破産者に対し湯河原の温泉旅館を担保として金四〇〇万円を貸与したのである。

以上の次第で被告政吉は破産者との取引にあたり、破産者の言明によつてその資産、信用、支払能力を信じて担保の供与をうけたり、当然の履行をうけたにすぎないのであつて、その行為の当時の破産債権者を害すべき事実を知らなかつたことは勿論ひたすら確実な投資方法を求めていたのであるから、支払の停止又は破産の申立を知らなかつたのである。また被告くみ及び同竹下も同様の立場にあつたものであるから、被告政吉の悪意を前提とする原告の主張は理由がない。

被告くみ、同政吉、同竹下等の反ぱく、

一、公正証書作成に当つて提出された破産者田村の委任状は破産者が被告政吉に対する本件債務の履行を確保するため抵当権設定又は代物弁済契約及び公正証書作成を承諾して予め印鑑証明書と共に四ツ田に交付したのである。

二、本件公正証書作成に当り、破産者は前項のように直接四ツ田を代理人に選任し、その白紙委任状は四ツ田に手交されたものを使用したのである。殊に乙第一号証の公正証書はその作成直前に受任者四ツ田は契約事項をしたためた書類(東京地方検察庁特搜係長谷検事に提出してあるもの)を破産者に示したところ、破産者はその書類を検討した結果「万一債務の不履行の場合は神奈川県足柄郡湯河原町に営業し居る拙者所有に係る旅館居宅及建物を保証とし担保に供します」とある一項の建物の下に自筆で「権利」の二字を挿入し捺印した上、その他の事項はこれでよいから公正証書を作つてもらいたい旨を述べた事実があり、決して被告政吉が自ら四ツ田を破産者の代理人に選任したのではないから民法第一〇八条本文の趣旨に背反しない。仮に原告主張のように被告政吉が自ら四ツ田を破産者の代理人に選任して本件公正証書が作成されたとしても、代理人をして相手方と交渉して契約事項を商議協定させるような場合は格別、本件のように被告政吉と破産者との間に於て既に契約内容確定し、単に形式的にこれを公正証書に作成するためその嘱託手続をするように破産者が予め代理させるべき事項を了解している場合には、単に債務の履行をする場合と同様、特に代理人四ツ田が被告政吉と通謀して故らに破産者の不利益をはかるおそれがないから、このような代理人の選任を相手方政吉に委任しても民法第一〇八条の趣旨に背反するものとはいえない。又仮に被告政吉が四ツ田を代理人に選任したことが民法第一〇八条の趣旨に背反するものとしても同条の禁ずる双方代理行為は当然無効というべきでなく、本人の追認によつて効力を生ずるものである。そして破産者は乙第一号証作成後間もなくその自宅で被告政吉から謄本を交付された際通読して納得したのみならず、その数日後に松岡琢次と共に被告政吉を訪問した際、右謄本を持参して「これに書いてある湯河原はすぐ登記します」と述べた事実があり、又破産者は乙第二号証を作成した両三日後に被告政吉からその謄本を手交された際も一読して納得した。これ等の事実は、乙第一、二号証の作成及びその契約を追認したのであるから、乙第一、二号証はいずれも効力を生じたのである。従つて原告の主張は失当である。

三、本件公正証書は被告政吉と破産者間の契約全部を記載したものではない。本件公正証書に被告等が主張するような売買本契約に関する記載を欠くことは原告主張の通りであるが、元来被告政吉と破産者との間の金銭貸借は数回行われ、しかもその担保関係は多少複雑多岐に亘つているので、本件公正証書は貸金額及びその弁済期を明確にすることを主として作成し、既に成立している別紙第一、二目録記載の物件の担保に関する契約は除外したのである。ただ乙第一号証の物件の表示に記載してある物件については、当初その所有権の帰属につき紛争があつたので特にこれを明確にするため記載したのである。別紙第一、二目録記載の物件につき売買に関する契約の存在することは昭和二八年七月中売買予約により被告くみのために所有権移転請求権保全の仮登記がある事実に徴してこれを窺知するに難くない。したがつて本件公正証書に被告等主張の売買に関する契約事項が記載されていない一事を以て別紙第一、二目録記載物件につき売買に関する契約の存在を否定する原告主張は失当である。

四、被告政吉が原告主張の通り乙第一、二号証の公正証書により強制執行をしたことは認めるが、同被告は、これによつて本件売買本契約を否定するものではない。元来別紙第一、二目録記載物件は破産者が被告政吉に対して負担する金円貸借上の債務を担保するため提供したもので、借入金を約定の弁済期に返済しない場合は被告くみに対して右物件につき売買が成立すること、その売買代金は弁済期における物件の時価とすること。その代金が確定したときに代金額だけ被告政吉の貸金を減額することを特約したのであるから、売買が成立しても物件の時価が確定した上でなければ被告政吉の貸金債権は減額されない。よつて被告政吉としては右減額が実施されない間は貸金債権が当然消滅する筈がなく、依然債権を有することとなるので、原告主張のような強制執行をしたにすぎない。したがつて強制執行をしたからといつて売買本契約を否定する根拠とならない。

五、原告は民法第一一〇条の類推適用により四ツ田の行為が権限の乱用であつたとしても、相手方である破産者その他の善意無過失者に対して無効を主張できないと主張するが、同条は代理人が権限外の行為をした場合に、その権限ありと信ずべき事由を有する第三者を保護し、以て取引の安全を確保しようとする趣旨の規定であるから、本件のように所有権移転請求権保全の仮登記がある場合に、登記権利者が本登記をするに当り特段の事由もなく仮登記を放棄するものでないことは何人も社会通念上たやすく感知するところであるのに、何ら疑念なく異例の行為である仮登記の放棄を容認した者は善意無過失といえないから同条の適用はないと解すべきである。

六、被告くみは東京地方裁判所昭和二八年(ヨ)第一〇一八五号を以て別紙第一、二目録記載の建物につき破産者に対し、仮処分命令を申請するに当り、右建物の所有権が実体上自己に帰属していることを主張し、取りあえずその事実を疎明するため右建物の登記簿謄本を提出したに止まり、四ツ田の行為を追認したこともなく、仮登記を放棄し新規売買による登記の効果を裁判上主張したものでないから、仮登記の放棄の無効を主張できるのは勿論、信義の原則、禁反言の原則に反するものでない。

七、何人も特段の事由がない限り重要な既得権を放棄するような事は常識上想像できないところであるから、四ツ田が本件仮登記による請求権を放棄したことは錯誤に基く登記であることは不動産取引の常識上ないし実験則上たやすく察知しうるところである。

原告は破産管財人であるから、法律上は破産者の破産前に有した権利義務を承継するのでないことは勿論であるが実際上は破産者の破産前の権利義務について一般の登記上の利害関係人と異なり、慎重な調査検討をとげているのであるから、本件の抹消が錯誤に出た事実を知悉している筋合である。されば本件抹消が錯誤に出た事実を知悉しながら敢て処分禁止の仮登記をしたのであるから、原告は本件回復登記により少しも不測の損害をうけるおそれがない。よつて被告くみは原告に対してその回復登記に対する承諾を求める権利があり、未回復の登記事項を対抗することができるのである。

八、原告が善意の利害関係人でないことは前記の通りであるから、本件に限り抹消された登記の回復を許容するとも原告には何ら不測の損害をうけるという問題を生じない。その他取引の安全を害し、登記の信用を害するようなおそれはない。

九、抹消された登記が回復された場合には、回復された登記は抹消の当初に遡つて抹消がなかつたと同様の効果を生じ、よつて抹消された登記と同一の順位を保持する。そして仮登記は後日されるべき本登記のため順位保全の効力を有し、本登記の対抗力が仮登記のときに遡るというのが通説であるから、本件に於て請求権保全の仮登記が回復された場合には、その仮登記は従前の順位保全の効力を有するので、この意味において回復登記は遡及力を有するのであり、その仮登記に基き所有権移転の本登記をするときは、本登記の対抗力が仮登記のときに遡るから、被告くみは否認権保全のための仮処分登記をした原告に対し本訴請求を拒むことができるといわざるを得ない。

一〇、その余の原告主張事実もすべて否認する。

被告三森由治の答弁

一、請求棄却の判決を求める。

二、請求の原因第一ないし第三項及び第七、八項の事実を認める。

被告三森が右売買登記をしたとき、破産者の支払停止の事実を知つていたことも認める。

反訴請求の原因

一、(本訴に関する当事者の主張)第三の三ないし五記載の経過によつて、被告政吉と破産者との間で被告くみに対して売買契約が成立し、同第三の六記載のように被告くみは四ツ田に登記手続の委任をしたが、右四ツ田は同第三の七記載のような登記手続をしたのである。

二、しかしながら、同第三の八、九に記載したような次第で仮登記の放棄は無効であるから、破産者は被告くみに対して、別紙第一、二目録記載物件につきなした売買による所有権移転登記を抹消し、さきにした売買予約の仮登記を回復し、右仮登記に基く所有権移転登記手続をなすべき義務があるから、反訴請求の趣旨記載のような判決を求める。

第三、原告の反訴に対する答弁

別紙中の当該記載のとおり。

原告の反訴に対する答弁

一、「被告くみの反訴請求を棄却する。訴訟費用は被告くみの負担とする。」との判決を求める。

二、反訴請求原因事実のうち、昭和二八年七月二日別紙第一目録記載物件につき同年五月三一日売買予約による所有権移転請求権保全の仮登記が被告くみのためされたこと、同年七月一五日別紙第二目録記載物件につき同年六月二〇日売買予約による所有権移転請求権保全の仮登記が同被告のためされたこと、同被告が売買登記に必要な書類を持参して四ツ田に売買本登記手続の委任をしたこと、売買予約による所有権移転請求権を放棄したとして右仮登記の抹消登記をしたこと、被告くみが売買により所有権移転登記をしたことは認めるが、その余の事実を否認する。

三、被告政吉と破産者間に被告くみのためにする契約がなされた事跡はないから、被告くみが直接破産者に請求権があることを前提とする被告くみの反訴請求は失当である。仮に被告くみのためにする契約が認められたとしても、第三者のためにする契約に基いて登記の回復、抹消、移転登記等の請求をなしうる者は、契約当事者の被告政吉であつて、受益者くみは契約に基く給付そのものは請求できても、その他の抹消登記の回復、既になされた所有権移転登記の抹消等の行為は請求できないから、被告くみの反訴請求は少くともその請求の趣旨第一ないし第三項に関する限り失当である。

四、被告くみの主張するような売買並びにその予約の事実がなく、かつ右くみに本件回復登記等を求める権利のないことは(本訴に関する当事者の主張)第四記載のとおりである。

以上

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